サロメ [文学]

ajisai.jpgサロメの物語は、新約聖書に、ほんの1~2行書かれているにすぎません。紀元1世紀頃に、実在した女性とされています。彼女の義理の父はパレスチナの領主、ヘロデ王。実母は、ヘロデ王の后のヘロディアです。ヘロデ王は、サロメの父で、自身の兄である先代のパレスティナ領主を殺し、その后だった、ヘロディアを手に入れました。この、記述をもとに、様々な画家(ギュスターブ・モローや、グスタフ・クリムト等)が、画材として取り上げ、イギリスの作家、オスカー・ワイルドが、戯曲にしました。リヒャルト・シュトラウスはこのオスカーワイルドの戯曲をベースに、オペラに仕立て上げました。

実際の年齢は記述されていませんが、サロメは、多分、13歳~15歳くらいと思います。この年齢の娘が持つ、自身では認識していない、無邪気な、ある種のセクシャルな言動、振る舞いが、周囲を困惑させ、魅了させる力を持つことになります。

イエス・キリストに洗礼を授けたと言われる、洗礼者ヨハネ(劇中ではヨカナーン)は、ヘロデ王に捕らえられています。多くの民衆に、ヘロデ王にとって、良からぬキリストの教えを伝道したこと。また、ヨハネが、妻のヘロディアの倫理的に許されない再婚を非難したことが理由です。しかし、サロメは、ヨハネを一目見た時、彼の純粋な目と、揺るぎの無い信仰心に、サロメ自身では気付かない恋をしてしまいます。サロメは、地下牢にいる、ヨハネに会いに行きますが、ヨハネが全く関心を示さない事に

怒りを覚え、「私は貴方にきっと、吻けして見せる!」と予言します。

一方、ヘロデ王は、義理の娘(姪にもあたる)にも、邪まな野心を抱いています。サロメに、ダンスを強要し、見事に踊り終わったら、望みの褒美を与えると約束します。

そして、サロメは、それを承諾し、7つのベールの踊りを披露します。サロメが踊り終わったあと、ヘロデが、「それでは、お前の望むものを言うが良い!」と言うと、サロメは「私にヨハネの首をちょうだい!」と言います。ヘロデ王は、ヨハネを処刑し、その首を持ってこさせて、サロメに与えます。

サロメは、首だけになった、ヨハネに吻けをし、法悦の極みに達します。これを見ていたヘロデ王は

サロメに得体の知れない恐怖を覚え、彼女の処刑を命じます。物語はこれで終わります。

一人のエキセントリックな少女の所業が、多くの大人たちを翻弄し、キリスト教の真義を脅かす、この物語(聖書からすると実際に起こった事?)を、文学、美術、音楽に携わる多くの男性芸術家が、興味を抱き、作品に仕上げました。いずれも、高い芸術性を持った作品です。

音楽作品で言うと、「トリスタンとイゾルデ」「サロメ」「ペレアスとメリザンド」「ヴォツェック」「ルル」、R.シュトラウスの歌曲の数々等、人間の「エロス」を芸術にまで高める精神構造は、西洋キリスト教の人々に日本人は適いません。

オペラサロメの愉快なエピソードを披露しましょう。友人のスペインバルセロナ音楽院出身のテノール歌手に、モンセラ・カバリエ(バルセロナ出身のソプラノ歌手)がサロメを演じたAVを見せてもらったことがあります。あの巨体(多分150Kgはあった?)ですから、もちろん7つのヴェールの踊りは踊れません。バレリーナが、シルエットのような演出で踊りました。その踊りの後、褒美のヨハネの首は

銀の盆に載せてサロメ(カバリエ)の前に置かれます。そして、その後、サロメの長い独唱があり、いよいよ首だけになった、ヨハネに吻けをする場面です。ところが、クライマックスのこの場面になった時、急に「バリバリ」と音がしました。その盆が、壊れたのです。舞台用ですから、プラスチックで軽く作られていたのでしょう!普通のソプラノ歌手でしたら持ちこたえていた盆が、カバリエの体重に耐え切れず壊れてしまったのだと思います。続けて、カバリエは、怒りにかられたのか?自分で演出したのか?この壊れた盆を、次々と、壊しはじめたのです。手で引きちぎっては、投げ、ちぎっては投げ、盆は跡形も無くなりました。最後ヨハネの首に吻けして、カバリエのサロメは幕を閉じました。見ている私たちは抱腹絶倒!前代未聞のオペラサロメでした。Kiki



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